JMATの最近の記事

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 東京でも雪や霙が降り、まだまだ寒い冬が続いています。

 本年はとても雪の多い年ですね。東北の被災地で家族を失ったり、仮設住宅でお過ごしの方たちは一体どのようにお過ごしなのか、心が痛みます。 寒い地域で家の内外の温度差があると、窓は結露し深々と冷えると暖房が効きません。。。。

 私は、貧乏学生生活を松本で送りました。冬はマイナス15度とか20度とかになる。肩までお炬燵にくるまってもまだ寒い、身体を温めるためにお湯やお茶を飲むとトイレに行きたくなり、トイレで身体が冷える。。そんな学生生活でした。

 東北の仮設住宅はもっと辛いことでしょう。

 何かチャリティが出来ないかしらって思いながら、いたずらに時を過ごしておりましたところ、医師会より思いがけず5月に参加させていただいた被災地支援JMATに参加したときの交通費と宿泊費13万円を頂戴いたしました。これは予定外の収入で(しかも被災地と密接な関係がある)、とても嬉しくなり、そのまま義捐金にすることにしました。5人分の出張旅費の13万円と前回以降の化粧品などの46,300円 あわせて176,300円を昨日郵便局より女川町災害対策本部に送りました。

 わずかではありますが何かの足しになったら嬉しいことだと思います。皆さまから頂戴した資金のご報告です。ありがとうございました。

JMAT(4)

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 5月末にJMAT日本医師会災害医療チームに、参加してきました。派遣元は、武蔵野医師会です。昨日同じように武蔵野市の医師会から被災地支援をしてきた医師たちが、集まりました。。

 話題は当然、次回大規模自然災害が起きたときにはどうするか、自分たちが被災したときにはどうするか、の二点に絞られます

 東京武蔵野地区で、自分たちが被災したときの、私ども開業医(医師会員)にできる役割はなんだろうか。

 それは高次機能が不要な患者さんたち、つまり軽症の患者さんたちを自分たちで拝見する。そして重症の患者さんを日赤や大学病院にお任せし、手を尽くせば助かるはずの患者さんをきちん救命できるようにサポートする。

 東京が、大きな被害をもたらす地震に襲われたときには、何が起こるのか。建物や道路の崩壊や火災による被害が大きいのではないか。一番人の命にかかわる最初の数日の混乱の時期に、少しでも医療者として何かをするためには、今から何を準備したらよいのだろうか 議論は尽きませんでした。

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 今朝TVで、被災した地域が豪雨で冠水して大変だと伝えていました。石巻の映像は、第七エリアで仕事に従事していた付近だろうと思います。また湖みたいに水没してしまって、何という悲しい光景なのでしょう。

 石巻から北東へ行くと、壊滅的被害と伝えられていた女川町に出ます。太平洋から来た津波が湾の奥へ行くにつれて、どんどん高く勢いを増して町全体を飲みつくしたようです。壊滅ーーなんと酷い言葉だろうかと思っていたのですが、実際残酷に総てが流されてしまっていた!!

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 女川町の惨状は石巻と違って街のほとんどが被害にあっていることにあります。左の画像に見えるように、瓦礫の山が重機で少しずつ片づけられています。しかし場所によっては、破壊された家、建物、車など、悲しい状況が続きます。

  チャリティで皆様からお預かりした義援金を当初は日本赤十字社に募金しようと思っていました。JMATに行くと会計士に報告したところ、直接自治体に持ってゆくほうが早く使って貰えて良いよと助言されました。、また、筑田DR.は石巻には医療支援で来たから、出来れば他の自治体に寄付しようと提案していました。

 

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 それで女川町の役場にお持ちいたしました。内訳は5月25日までにチャリティキャンペーンとしてお預かりした義援金の177,800円JMAT派遣費用として医師会から預かった30万円です。

ボランティアなので手弁当が良いと思いましたので。。。

 個人で出来ることはわずかでしかありません。何が出来るだろうかとずっと模索していますが、JMATのような支援とお金を送ることは可能だと思ったので、長く少しずつでも続けてゆきたいと考えています。クリニックの分については会計報告をブログを通じてさせて頂きます。

 どうぞチャリティに参加して下さった方、ご確認下さいませ。今月も続けて行きます。よろしくお願い致します。 

JMAT(2)

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 災害地支援の医療は、撤退してゆく時期になり、地域の残っている医療機関に患者さんを引き継いでゆくのが仕事です。

 昨日は午前は湊小学校の二階救護室で外来診療、午後は公民館で巡回診療に従事してました。 救護室での診療の内容は、いわば一般外来です。検査がほとんど出来ず、医療機材が無いので最低限の処置しか出来ないと言う事を除けば、普段とあまり変わらない。。

 本日は雨が降り寒い日だったせいもあるのか、かなり暇で武蔵野医師会への報告のレポートが出来てしまったくらい。

  非常時の状況は、日々変わるし、トライandエラーの繰り返しになるのだけれど、JMATのような活動では、個人はどんlどん薄められ大きな組織の駒として動く事が求められていると思う。それは当然の事で、その駒を効率的に動かす為には、その地域と被災状況に応じた判断と指導力が求められていると思う。

  最初にオリエンテーションをしてくれた医師は長岡日赤から来られていた。日赤は、阪神淡路大震災と新潟の地震でかなり経験を積んでおられ、大筋良く機能しておられたと思うし、その努力とエネルギーに敬服しました。かかる費用対効果では、この慢性の時期になると無駄な部分があるようにも見受けられますが、医療とは元々無駄に見える部分がなければ、成り立たないものだろうと思います。

 画像は日和山から見た所で、がれきが少しずつ撤去されつつある石巻です。家も財産も仕事も家族も失ってしまった人たちが、どう生活しておられるのか、、、

JMAT ⑴

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JMATは日本医師会災害医療チームのことです。武蔵野市医師会からの派遣で、石巻圏合同救護チーム第7エリアが担当地域です。今週末まで多摩の医師会チームと九州の日赤、岡山の医師会の三チームが、津波の被害の大きかった地域の湊小学校の二階にある救護室で外来診療をします。あまり忙しくない.雰囲気としては休日診療所みたい。

石巻日赤に本部があり、ロジステイクスなど参謀本部のようです。
 
 被災から既に二ヶ月半経ちました。外来を訪れる患者さんたちの数が減りJMA Tとしてはいかに撤退して新しい医療態勢に繋いでゆくか、地域の医療がいかに復興するか、難しい時期のようです。
日赤の夜のミーティングに参加していると、九州、岐阜、金沢、関西、、、それこそ日本中から医師などの医療スタッフが集まっています。

松島に宿泊所があり、湊小学校に通勤する訳ですが、道路が渋滞していて車が動きません。日本中から仕事としてまたはボランティアとして、復興に携わる膨大な数の人たちが、津波の被害を受けてない所に宿泊して一斉に動きます。渋滞はやむを得ないですね。
街を車で走っていると、津波に襲われた地域は残っている建物も有りますが、がれきとホコリで死んでしまった町のようです。水が来ていない地域が比較的平穏で普通に近い日常生活が送れそうに見えるのに、あまりにも明暗が分かれてしまっていて、心が痛みます。

写真は第七エリアのミーティング時の写真です。左のユニフォーム姿が日赤、右が武蔵野医師会(美夏クリニック医師二人とナース一人、事務二人)と岡山医師会のチームです。

取り合えずのご報告です。

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